私の隣を歩く彼は、老舗旅館の跡取り息子。結婚を前提に付き合う私の大切な人。
「家に挨拶に行こう。」そう言われてから気持ちが落ち着かない。この町に私を受け入れてもらえるのかなと不安でいっぱいだった。
彼の少し後ろを歩きながら、橙色の夕日に染まる古都に見とれていた。
「…きれい。この町にあるものはみんな。」
こんな私でいいのかなと考えているうちに、いつの間にか彼とはぐれてしまった。次第に薄暗くなり、遠くで響く鐘の音がさらに不安を煽っていく。
そこでふと見かけた小さな店『芋屋はるか』。
「あ、私と同じ名前…。」何気なく中へ入ろうとしたその時、「はるか!」と、呼び止める声がした。
振り返ると彼が息を切らしながら走って来た。
「良かった!やっと見つけたよ。ちゃんとついて来いよな。」
そう言って息を整え、うつむく私を横からのぞきこんだ。いつものように笑ってくれる彼。
「あ、ここの店、小さい頃によく来たなぁ。せっかくだし寄って行こうか。」
私は笑顔を作りうなずいた。
お店の中に入ってみると、甘い香りがふんわりと漂っている。
「おばちゃん!干し芋ちょうだい。二人分ね!!」
彼がそう言うと店の奥から着物姿のおばあちゃんが出てきた。
「いらっしゃい。おやおや、しばらくだね。」
そう言って嬉しそうに微笑みながら、干し芋とお茶を出してくれた。
「さ、食べてみて。この優しい甘さがすごく落ち着くんだよ。純粋な味がどんなに食べても飽きなくてね。昔っから好きなんだ。」
無言の私を見つめる彼の目は、とても優しかった。
「はるか。この干し芋ね、はるかって名前なんだ。
俺はこれを食べると自然と笑顔になれる。なんだか君と一緒にいるみたいだよ。」
ありのままの私がいい…。彼はそう言ってくれた。
嬉しくて、何も言えずに干し芋を一口かじった。そこにはぎゅっと幸せがつまっている気がして思わず涙がこぼれた。
時間がゆっくりと流れていく。
「さ、そろそろ行こうか。」
私の手をそっとつなぐ彼。
…きっと大丈夫。
さっきまでの不安な気持ちはどこかへ行ってしまった。雲のない澄んだ夜空が広がり、黄色い三日月が二人の歩く道を照らしている。温かくやわらかな光の中、二人で彼の実家に向かった。
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